暑い?寒い?

当然ながら、車内の温度はドライバーを基準にコントロールしなければなりません。

ただ、双方の歩み寄りという意味でも、また運転のしやすさという意味でも、ドライバーはなるべく薄着がいいでしょう。

そのかわり、キルティングや革のコートなど、防寒性の高い上着を用意し、その下はシャツ1枚か、薄いカーディガンを羽織る程度にとどめておきます。

そして走行中はコートを脱いで運転すればいいのです。

暑い寒いにかかわらず、薄着は長時間ドライブの疲労を低減させる効果があります。

一方、中古トラックの同乗者もカーディガンや膝掛けなどを用意するなど、ドライバーの体感温度に合わせる努力をしてほしいと思います。

また、外気が低ければどちらかの窓だけあけるなど、積極的な車内温度管理をおすすめします。

運転者とその他の温度差

冬場の中古車トラックでのドライブの場合、運転している当人は「ちょっと暑いな」と思っていても、周囲の人は寒がっていることがよくあります。

概して年配の女性に多いようですが、なにも年齢や性別だけによるものではなく、運転している人としていない人の違いでもあります。

ドライバーは運転中、緊張状態に置かれているため、同乗者より暑く感じるのが普通です。

そのため、ドライバーに合わせて車内の温度をコントロールすれば、同乗者は寒がりますし、かといって同乗者に合わせれぼ、ドライバーは暑くてしようがありません。

では、どちらに合わせるべきかはいうまでもないことで、ドライバーにとって暑さは疲労を呼び、眠気を誘い、判断力を低下させ、ひいては安全運転をするうえで大きな障害になります。

熱い車を冷ます方法

日陰に駐車できない無理な場合は、ボール紙でできた折畳み式の日除けをフロントウィンドウに置くのも効果的ですし、窓を2、3センチ開けておくのもいいでしょう。

これだけで、車内の温度は閉め切っていたときと比べて10度は低くなります。

また、シートやハンドルにバスタオルをかけておくと、トラック中古車に乗り込むときに熱い思いをしなくてすみます。

暑い車内に乗り込んだら、まず最初に4枚の窓、あるいはドアをすべて開け放ち、暑い空気を外に出してしまったほうが、早く車内を冷やすことができます。

一ヶ所を除いて全てドアを閉め、その開いた一ヶ所のドアをバタンバタンと思い切り開閉するのも効果があります。

このとき、開け閉めするドアの窓は開けておきましょう。

ほんの数回繰り返すだけで熱かった車内がぐっと涼しくなり、クーラーもすぐに効きます。

窓を閉め切ったままエアコンをつけても、効果はなかなか現われません。

夏のドライブは暑いよ

直接冷風を受けやすい前席の人は、薄手の長袖シャツや、パッと羽織れるブルゾンを着るようにするのも、疲労を抑える一つの方法です。

また、空気の冷たい高原などへ行ったら、エアコンを切り、窓を開け、自然の風で涼をとることをおすすめします。

夏場のドライブに持っていくといいのは、氷を詰めたアイスボックスです。

このなかに、飲み物やおしぼりを入れておくと、いつでも冷たい飲み物を飲めるし、疲れたり眠くなったら冷たいおしぼりでリフレッシュもできます。

どこかで海産物のお土産を買ったら、鮮度を落とさずに持ち帰ることができるし、何かと役に立つことが多いでしょう。

目的地に着いて、戸外に中古トラックを停めるときは、できるだけ車内温度を低く保っておくため、なるべく日陰になっているところを選んで停めることを心がけることも大切です。

エンジンとブレーキの改良

まことにもっともな話で、その後の自動車の技術史の流れは、エンジンとブレーキの改良が中心となった。

当時、科学技術による人類の進歩発展は一つの信仰にまで高まろうとしていた。

そして人間を時間と距離の制約から解放してくれる自動車は、フランス革命の理想の延長線上に生まれたといってよい。

それはまさに、今の中古車トラックなどの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。

一九世紀のヨーロッパはきわめて特異な時代を経験していた。

そのすこし前、フランスは、それまで維対的存在と信じられていた王様を"廃棄"した(もっとも一時的ながらすぐ復活した)。

夕ーウィンの進化論(一八五九年、『種の起原』)も従来の物の考え方に強大なインパクトを与えたし、"神は死んだ"とするニーチェの主張も決して突飛なものとは受けとめらねなかった。

アンチ自動車の存在

フランスは当時ヨーロッパ文化の中心地としての自負にあふれていた。

フランス大革命のスローガン、「自由、平等、博愛」の理想を、フランス人は大きな誇りをもって支持しようとしていた。

革命後のフランスの歴史は、たしかに進歩派の独占というわけにはいかなかった。

むしろ旧体制派もしくは王党派とのシーソーゲームの続いた感もあるが、自由と人間解放への信念は、フランス人のメンタリティの底流として力強く流れていた。

"社会派"の文豪エミール・ゾラは一九世紀の末、当時まだ危険視されていた自動車にはじめて乗った後、感想を求あられてこう答えた。

「未来は自動車のものだーそれは人間を解放するからだ」。

アンチ自動車の立場をとる質問者がその危険を未練がましく指摘すると、ゾラは言った。

それはまさに、今のトラック中古車などの輸送にかかわる自動車の登場するきっかけとなり、物流がさらに速くなる原動力となるのである。

「それならブレーキを改良すればよいでしょう」。

運転の要「駐車」

駐車、とくに車庫入れが苦手な人は、普段の運転もあまり上手でない場合が多いようです。

逆にいえば、車庫入れの上手下手が、その人の運転技術を表わす一つのバロメーターにもなります。

車庫入れに失敗して中古トラックのボディに傷をつけてしまうのは恥ずかしいことですし、駐車場で手間取って後続車からクラクションを鳴らされたりするのも、あまりカッコいいことではありません。

自宅の車庫でも、あるいはデパートの駐車場でも、一発でスッとクルマを入れられるようになれば、同乗者のドライバーへの信頼感はグンと高まります。

ここで私のことをいいますと、職業柄、車庫入れには自信があったのですが、どうも最近、苦手になってきました。

若いころは簡単に停められたような場所でも、うまくいかないのです。

とくに暗い場所に後退で入れるとき、そういった歯がゆさを強く感じます。

その理由は、夜間視力の低下と視野の狭まりにあるようです。

若いころなら首をわずかにひねれば後方の状況をはっきりと見ることができました。

ところが、年をとり目の機能が落ちてくると、それが難しくなってくるのです。

上りの雪道で発信するには

雪の積もった山道などでは、シフトチェンジがクルマを不意に滑らせるきっかけをつくることも大いに考えられます。

ですから、もし中古車トラックにホールドモードまたはスノーモードといったものがあれば、積極的に利用すべきです。

ホールドモードというのは、2速に入っていれば2速に固定され、シフトチェンジを行ないません。

そのため、予期しない不安定な動きを招く危険性がグッと減ってきます。

とくに山道の下りでは、2速ホールドにしてエンジンブレーキを使いながらゆっくり降りてくるのが安全です。

ブレーキの変わった使い方として覚えておくといいのは、滑りやすい路面での発進補助装置としての役目です。

雪の積もった上り坂で発進する場合、タイヤが空転して前に進まないことが往々にしてあります。

そんなとき、アクセルを軽くオン・オフさせながらハンドブレーキを軽く引いてやると、アクセルだけでは発進できなかった坂道でも、なんとか上っていける場合があるのです。

使う場面が頻繁にあるかどうかは別として、知識として知っておけぼ、役に立つことがあると思います。

燃費が悪いんじゃしょうがない

「第一次排ガス対策時は、次の"ウワバミ"(第一次石油危機)が近づいているのに気がつきませんでした。

第一次石油危機は、その年の暮に勃発したのです。

EPAの役人が『マツダの排ガス対策はいいが、今後、燃料問題が出てくる可能性があるから注意する必要がある』と示唆してくれたのが印象に残っています。

米国は当時、すでにエネルギー危機のニオイを察知していたのでしょうか。

私たちは、そのころは排ガス規制をいかに乗り切るか、だけで頭がいっぱいでした」

「ロータリーエンジンは、燃費の点ではレシプロエンジンに比べて基本的に不利ですが、排ガス対策としてサーマル・リアクターをつけたことによって、さらに不利が拡大してしまいました。

このため、48年に第一次石油危機が起った途端に、マツダのロータリーエンジン搭載車がバッタリ売れなくなり、米国で在庫が急増しました。

当時の松田恒次社長から『このままではロータリーエンジンのマツダは抹殺される。問題は、燃費をいかによくするかだが、その見通しはどうか』と聞かれました」

いくらトラックやトラック中古車に使うエンジンが改良されても燃費が悪ければ売れません。

マツダは次々にやってくる危機を一つずつ乗り越えていきます。

一歩一歩が大事

「ロータリーエンジンから出てくるHCをどうやってつぶすか、にしぼられたわけです。

そこで43年秋ごろからこの研究にとりかかりました。

エンジンから出てきた排ガスを処理するには、当時はまだ信頼できる触媒はなかったから、サーマル・リアクター(熱反応器)しかない、と考えました。

サーマル・リアクターは、文献としてはボツボツありましたが、まだ実用化はされていません。

まずサーマル・リアクターの基礎的な研究から始めました。

HCは一種の可燃物で、燃えると水蒸気と炭酸ガスになります。

そこで炭化水素を摂氏800度以上の高温の部屋で空気(酸素)と反応させました。

このような高温に保つための材質、部屋の構造(設計)、大きさ、空気の量、空燃比など、当時はまだ確立されていない未知の技術を一歩一歩固めていきました。

このようにして47年の暮には見通しがつき、48年の米国環境保護局(EPA)の公聴会に持ちこんで"お墨付き"をもらったのです」

これでマツダの中古車トラックやトラックに使われるロータリーエンジンは日本国内を走れるようになりました。